日本刀や槍の名前がかっこいいし面白い、由来も紹介

2019年11月21日

最近日本刀に興味が湧いて、日本刀の事を色々調べているのですが、

日本刀や槍など有名な物には名前が付いている。

その名前も何だかかっこいい名前だったり、何これ?

という名前が付いている事があります。そして、何でそんな名前が付いたのか?

という由来などを調べると色々楽しいので、今日は日本刀や槍についた面白い名前とその由来を紹介します。

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かっこいい、面白い日本刀や槍の名前

雷切丸 らいきりまる

持ち主は立花道雪(たちばなどうせつ)、大友氏の重鎮、猛将として知られる。

出典:goo.gl/crFZVh

 

最初は刀の柄に鳥の飾りがあったので、この刀は「千鳥」(ちどり)と呼ばれていた。

「大友興廃記」(江戸時代初期の軍記物)に次の様にこの雷切丸の事が書かれている、

立花道雪は35歳位の年齢の時に半身不随になってしまった。

そんな道雪は、とても暑い日に、大きな木の下で休んでいた、

すると、突然の雨、夕立が降ってきた。

 

そして道雪の近くに雷が落ちてきた。

道雪は木に立てかけて置いていた刀の千鳥を手に取ると、

雷に向けて刀を振るった。刀は雷と雷の中にいた雷神を一刀両断した。

 

この時から、道雪の左足は不自由だったにも関わらず、

馬を乗り回せる様になり、
戦場でも敵陣に突撃をかけるまでになったのだ。

 

この雷を斬ったエピソードを知っていた人達は、

道雪は雷神を斬った噂になった。

この事から、道雪はこの刀を雷切丸という名前に変更した。

この刀は現存している。

刀をよく見ると、変色している。

雷に打たれた跡かもしれない。



蜈蚣切 むかでぎり

蜈蚣切(むかできり)或いは、蜈蚣切丸(むかできりまる)とも言う。

平安時代の武将、藤原秀郷が持っていたと言われている刀である。

藤原秀郷は関東で反乱を起こした、あの平将門を討ち取った人物です。

 

その昔、琵琶湖の瀬田の唐橋の下に竜神が住んでいました。

竜神は藤原秀郷に三上山で夜な夜な暴れているオオムカデを、

退治して欲しいと頼みました。

出典:goo.gl/DGexnj

巨大ムカデは凶暴で、

その巨体は山に絡みついたら七巻半できる長さ、

戦った、藤原秀郷は得意の矢で巨大なムカデの眉間を打ち抜き見事、

退治に成功します。

 

竜神はとても喜んで、宝物と一緒にこの太刀をくれました。

明治2年明治神宮に奉納され、

明治神宮の宝刀として保管されています。

 

へし切長谷部 へしきりはせべ

日本の国宝に指定されている。

出典:goo.gl/XkMVTY

安土桃山時代から昭和の中頃まで、
福岡藩主の黒田家に伝わっていたが、

今は福岡市が所有している。

 

織田信長が自分に歯向かった観内という茶坊主を、

斬り殺そうとした時、

台所に逃げて膳棚(ぜんだな)の下に隠れた。

 

信長は膳棚ごと上から刀を押し当てて、

体重を乗せてそのまま膳棚ごと観内を斬り殺した。

 

この時の刀に「へし切」の異名がついた。

 

信長から秀吉に渡り、黒田長政に渡された。

 

その後は、黒田家の家宝として受け継がれてきた。

そして、現在は、福岡市博物館で展示されている。

 

破邪の御太刀 はじゃのおんたち

出典:goo.gl/E73VKF

山口県下松市の花岡八幡宮にある、

日本一大きな刀。幕末に作られた刀。

花岡八幡宮の記録によれば、

花岡八幡宮の御鎮座1150年に当たる1859年の式年祭に合わせ、

吉田松陰ら攘夷派と志を共にする氏子が奉納した。

作成したのは、花岡に肥後藩を脱藩して来ていた刀鍛冶の藤原国綱。

 

この年は幕府の大老井伊直弼による、

攘夷派の弾圧「安政の大獄」の嵐が吹き荒れていた時でした。

 

藤原国綱は自分の弟子七人と約1100キロの砂鉄を鍛えて焼き入れしたりと、

真剣と全く同じ様に作り上げた。

この刀で邪気や悪鬼などを撃ち払い、

平和で明るい社会を築こうという願いを込めて作られた。

全長4m65㎝、重さ75キロ。

 

八丁念仏団子刺し はっちょうねんぶつだんごさし

この刀の持ち主は、戦国時代鉄砲隊で名を馳せた雑賀孫一。

この刀の名前の由来は、ある月の明るい夜、

この刀を手に入れた侍が刀の切れ味を試そうと辻斬りを行った。

 

すると前から念仏を唱えながら歩いてくる僧がいた。

侍は僧に近づくと、袈裟懸けに僧を切りつけた。

 

確かにやったという手応えがあったのだが、

僧は何も無かったかの様に、念仏を唱えながらそのまま歩いている。

 

びっくりした侍はそのままその僧の後を追った。

 

その時刀を抜いたまま杖の代わりに地面につきながら歩いたところ、

道に落ちていた石が刀の切っ先に刺し貫かれて、

団子を刺した串の様になっていた。

出典:goo.gl/RgcfVu

 

さらに、八丁(約900メートル)きた所で、僧の念仏の声がピタリと止まり、
僧は真っ二つになって、絶命した。

この刀は関東大震災の時に消失して、

行方は分かっていない。

 

人間無骨 にんげんむこつ

和泉守兼定作の十文字槍、持ち主は織田信長の配下の森長可(もりながよし)
鬼武蔵と呼ばれた豪傑で、とにかく信長に可愛がられた。

この人間無骨で27の首級をあげて、信長もビビった。

森蘭丸の兄

槍の表に「人間」、裏に「無骨」と彫られている。

出典:goo.gl/fytSDw

その意味は、この槍の前では人間の骨など無いも同然の切れ味という意味。

敵将の首級をあげて、槍の穂先に首を掲げた、

そして槍の反対側を地面に突き立てたら、

十文字槍の穂先を貫通してそのまま地面に首が落ちた。

硬い頭蓋骨も切り裂く恐ろしい切れ味。

今も現存し個人蔵。

写しの方は赤穂大石神社に所蔵されている。

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Posted by マミ